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千葉の人でも意外と知らなかった特徴と魅力。
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大多喜町(おおたきまち)
地図
養老渓谷と城の町
 大多喜町は千葉県の南部、房総丘陵に位置し、1954年(昭和29年)に旧大多喜町、総元村、西畑村、上瀑村(かみたきむら)、老川村が合併し、東西に約12km、南北に約19kmと、千葉県内の町村では最も大きな面積を占めるようになった町です。
 内陸部に位置するために年間平均気温は15℃前後で、冬には最低気温が氷点下に達することもあり、内房・外房が雨天でも大多喜町には雪が降ることが多く、千葉県内では比較的寒い気候の地域です。
 千葉県最大の流域面積を持つ夷隅川が流れ豊富な水資源を持つことから農業が主な産業になっています。米作が最も多く、次いで畜産業、野菜と続きます。また、江戸時代初期に孟宗竹が初めて植えられ孟宗竹の栽培が始まった発信地として知られており、農作物の中で重要な位置を占めています。
 観光業も町内の就業人口の1/4を占める産業で、養老渓谷の自然豊かな土地と城下町の風情を残す街並を生かした景観は多くの観光客を集めています。春には名産の竹の子狩りなども行われ、地元で獲れた野菜などを販売している道の駅「たけゆらの里おおたき」や民間の観光施設「大多喜ハーブガーデン」も人気です。
 南関東ガス田に位置する大多喜町は、1891年(明治24年)には日本初のガス井戸が掘削され、古くから天然ガスの開発が行われ、町内には関東天然瓦斯開発、大多喜ガスなどがあります。いすみ鉄道の大多喜駅前には天然ガス記念館が作られ、天然ガスについての展示をしています。
 鉄道は、町内の北部を横断するローカル線のいすみ鉄道の上総中野駅、久我原駅、東総元駅、大多喜駅、城見ヶ丘駅の5駅があり、国道は465号線が同じく北部を横断、市原市から館山市に至る297号線(通称大多喜街道)が北東部を縦断していますが、高速道路は通っていません。
天然ガス井戸発祥の地碑
天然ガス井戸発祥の地碑
いすみ鉄道大多喜駅
いすみ鉄道大多喜駅

大多喜ハーブガーデン
人気の観光施設 大多喜ハーブガーデン
たけゆらの里おおたき
道の駅 たけゆらの里おおたき

本多忠勝、忠朝の町
 大多喜町の地域は戦国時代から城下町として繁栄してきました。応仁の乱以降は、長南の武田氏、万木の土岐氏、小浜の槍田氏、安房の里見氏が争い、最終的には里見氏が支配していました。
 1590年(天正18年)徳川家康の四天王と呼ばれた重臣の一人、本多忠勝が10万石を与えられ大多喜城を築き、11年の間領地にしていました。忠勝は安房の里見氏に備えて城と城下町を整え、その後次男の忠朝(ただとも)が引き継ぎました。
 1609年(慶長14年)スペイン船サン・フランシスコ号が航海中に難破し50人余りが溺死、300人余りが現御宿町に上陸した際に、忠朝は温情ある措置をとったことでも知られています。
 1614年(慶長19年)の大坂冬の陣で、忠朝は酒を飲んでいたために不覚をとり、敵の猛攻に遭って敗退してしまいました。翌1615(慶長20年)の大坂夏の陣で汚名返上をしようとしましたが戦死。家督は甥の政朝が継ぎましたが、1617年(元和3年)に播磨龍野藩5万石に移封されてしまいました。その後、大多喜町の地域はたびたび城主が替わり、1703年(元禄16年)からは松平氏の領地が9代続きました。
 1871年(明治4年)の廃藩置県で大多喜県になった後、木更津県を経て千葉県に編入され、1954年(昭和29年)に現在の大多喜町が誕生しました。
大多喜城
大多喜城
墓碑
本多忠勝・忠朝・政朝の墓碑

本多忠勝像
町の中心街の行徳橋にある本多忠勝像
観光協会の建物
大多喜駅前の観光協会の建物も江戸の趣

城下町大多喜は建築の町の一面も
 大多喜城をシンボルにした大多喜町の中心街には、国指定重要文化財の渡辺家住宅、登録有形文化財の伊勢幸や豊乃鶴酒造、大屋旅館などが点在し、町の中心となっている城下町通りは小江戸の雰囲気を残す観光地になっています。
 2009年(平成21年)にはNHK大河ドラマ「本多忠勝」誘致実行委員会(現NHK大河ドラマ「本多忠勝・忠朝」誘致実行委員会)が組織され、小江戸の趣を残した大多喜町に町を挙げて誘致することによって観光の活性化に取り組んでいます。また、2017年(平成29年)に千葉県の建築文化賞を受賞した古民家を再生し、一棟貸の宿泊施設にした「まるがやつ」がオープンし、里山暮らしの体験を伝える活動をするなど古民家再生への取り組みも始まっています。
 一方、江戸の建物だけでなく、現代建築に興味のある方にも見逃せないスポットだということはあまり知られていません。大多喜町役場の中庁舎(旧本庁舎)は、1954年(昭和29年)に早稲田大学建築学科で教鞭をとっていた今井兼次氏(1895年~1987年)設計のもので、日本建築学会作品賞を受賞、2013年(平成25年)にはユネスコ文化遺産保全のためのアジア太平洋遺産賞を受賞しました。他にも大多喜町立大多喜小学校や、現在は廃校となってワーキングスペースとして活用されている旧老川小学校など、建築賞を受賞した建物もあり、小江戸とは違った現代建築を見る事ができます。
 大多喜町では町の活性化と観光客の更なる誘致を進めるため、さまざまな取り組みも始まっています。大多喜町商工会は、ふるさと産品を「大多喜じのもん推奨品」と名付け、地元の商品の支援活動を行っているほか、2018年(平成30年)より「シティセールス」および「シティプロモーション」の「大多喜町ブランディングプロジェクト」を推進し、「城下町」大多喜町のブランド価値を上げる取り組みが始まっています。
 これからの「城下町大多喜」の知名度向上が楽しみです。
伊勢幸
伊勢幸(酒屋)
渡辺家住宅
渡辺家住宅

大多喜町役場
大多喜町役場
大多喜小学校
後ろに大多喜城が見えるモダンな大多喜小学校

(2020/9/10)
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