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ぴかいちば
ぴかいちば
千葉のきらりと光る
社長へのインタビューをご紹介。
社長の熱い思いを語っていただきます。

「人」づくりに力を入れ
100年起業を目指す
特許製品で
受注環境を改善する
 天伸株式会社は1963年(昭和38年)に「勝又発條製作所」として創業し、今年で60周年を迎える様々な発條(ばね)を製造している会社です。創業者は私の母方の伯父で二代目が創業者の弟の伯父、三代目として私が代表取締役になって6年目になります。
 創業者は荻窪発條という会社で営業をしていたそうで、その後独立して商社として起業し、5年後の1968年(昭和43年)に株式会社東邦発條製作所という名前で法人化し、東京の足立区竹ノ塚に本社を建て線バネの自社製造も始めました。
 その後二代目の社長が設備を充実させ、1986年(昭和61年)に現在の柏工場を作り「マルチフォーミング」という機械で、板バネも内製するようになりました。  私たちが作る製品は内側の見えない部分に使われている場合が多いため、具体的に何に使われているかがよくわからない製品もあります。ホームページに製品の情報を掲載してバネを必要としているお客様に見つけてもらいお問い合わせを頂けるようにしています。
 わが社の特徴としては、「マルチフォーミング」や「プレス」の金型を自社で設計製作できることです。「マルチフォーミング」の金型を設計できる会社は少なく、他社からの金型製作の依頼にも対応しています。またお客様から図面をいただいて製作するだけでなく、「こういうものが作りたい」という依頼を受けて「部品設計」から対応できること、更に試作から対応できることも特徴だと思います。
 今から30年ほど前はホチキスなどに使われる事務機器等のバネや、右巻きと左巻きのバネを組み合わせた女性用の下着に使う「コイルボーン」の売上が8割を占めていました。他にも、コンセントや絶縁器具など弱電関係の仕事も多くやっていましたが、大手メーカーの生産拠点が海外に移っていく事に比例して売上げは減少していきました。
 一方で現在の主力製品になっているのは特許を取得した「ワンタッチクリップ」というステンレス製の板バネで、以前孫請けで製造していた「クイックファスナー」をベースに独自に開発しました。「ワンタッチクリップ」は、「エコキュート」や「エネファーム」、「ガス給湯器」内の配管を固定する用途などで使われ、意匠登録をした別の形状の製品と併せて大手企業で採用されています。
 バネの製品以外では建築金物の蝶番、自動車業界向けに配管の継ぎ手などの隙間を塞ぎ流体の漏れや外部からの異物進入を防止する「ガスケット」とワイヤーの入った「ガスケット ワイヤーリング」も作っています。
 現在の売上は、自社製品の「ワンタッチクリップ」を主力に、蝶番、そしてその他の各種ばねという構成になっています。
天伸株式会社
動画などが豊富に使われているホームぺージ
提案・試作を説明するリーフレット
天伸株式会社
(左)特許取得のワンタッチクリップ
(右)意匠登録の異形ワンタッチクリップ
かつての主力製品のひとつコイルボーン

アパレルから
バネ製造に転身
 私は小学校1年生まで東京の西荻窪に住んでいました。父親が家を買う際に先代の社長が松戸に住んでいた事や、知り合いだった建設会社の社長に物件を紹介してもらい柏に家を買って引っ越しました。私の実家は祖父の代から煎餅屋をやっていましたが、親からも「継がなくていい」といわれていました。
 私は学校を卒業してアパレルの会社に就職しました。就職して3年半位の時に、突然父が倒れてしまい、伯父から「親に何かあったら直ぐに駆けつける事もできるから、うちに来い。そして将来は後を継げ。」といわれました。アパレルの仕事から離れるのは抵抗がありましたが、転職を決心しました。
 入社して伯父からは「俺が営業に行くからついてくればいい」といわれたものの、一向に連れて行ってくれる事はなく、私自身はどこに営業に行ったら良いかわからないという状況でした。当時の上司に「どうしたらいいですか?」と聞くと「そこに名簿があるからそれを見て行って」といわれるだけでした。仕方なく自分でアポイントを取って「新人の小宮山です」と営業をしたものの、図面の見方も分からない状況で、お客様から「これはできるの?」と聞かれても「出来ると思います」と答えて注文を取っていました。
 入社して10年勤務しましたが、先が見通せない状況で退職して3年間は歯科関連の会社で営業の仕事をしていました。歯科の知識は全くありませんでしたが、何故か新規開拓で売上を伸ばしました。オーナーから資金関連の負担を追わない代表権の無い社長として活動し始めた矢先に、突然オーナーが亡くなってしまいました。今考えても恐らくオーナーが亡くならなければ、この会社に戻らなかったと思います。
 伯父から「お前に会社を継がせるから戻ってこい」といわれ戻り、7年間仕事をしていました。本業の方が芳しくなく、リストラをするという話になり、それに反発して「私が辞める」と再度退職したのが2011年(平成23年)でした。それから6年間は知り合いの歯科技工士の会社に誘われ、再び新規開拓の営業に携わりました。途中から、独立して個人事業主として活動していました。個人経営をした事は、会社経営をするにあたり、とても貴重な経験になったと思います。
 50歳になった時に伯父から「お前がやらなければ会社をたたむ」といわれ、再度入社し代表取締役になったのが2017年(平成29年)でした。
天伸株式会社
様々な形を製造しているバネ
プレス製品も製造

盛和塾で学んだ事を
経営に生かす
 以前は知り合いの建設株式会社の会長に勧められ「盛和塾」に入っていましたが、会社を辞めてしまったため、塾も辞めてしまいました。会社に復帰すると、「盛和塾」の本部理事をやっている方に「会社に戻ったのだから塾にも戻れば」と推薦していただき、会自体が解散する最後の1年だけ復帰させていただきました。 社長に就任するにあたり、社是と経営理念、経営方針を作って「このような形でやっていこうと思います」と本部理事の方に見ていただくと、社是で掲げた「愚直」だけでなく「愚直・素直・謙虚」だと助言され修正しました。出来上がったのが現在掲げている社是、経営理念、経営方針です。従業員達には「この社是、経営理念のために仕事を続けるのだ」と常に言い続けています。
 引き継いだ会社の経営状態は、厳しい状況でした。銀行からもリストラを勧められましたが、経営理念に「全従業員の物心両面の幸福の追求と、地域社会に貢献すること」と掲げたので、リストラをしてしまえば、従業員たちが「よしやろう」という気持ちにはならないので、役員報酬を大幅にカットする事で従業員のリストラは一切せずに乗り越えました。
 社内の改革でまず手を付けたのが「不採算の仕事」を辞めることでした。本来は普通に仕事をして採算が取れるようにしなければいけませんが、かといって簡単に「新しい仕事」を入れることはできません。忙しく働いても儲からないのは「不採算の仕事をやっているからだ」と思い、「まずは不採算な仕事をやめよう」と思いました。また、それに付随して機械も売却や廃棄もしました。
 続いて「取捨選択」あるいは「選択と集中」というか、社内で生産するか外注に任せるかをはっきり決めて切り替えていきました。協力会社に製造を委託してもお客様に優れた製品を提供していくには、レベルの高い協力会社を見つける事も大切で、重要な仕事だと思っています。だから、協力会社との関係はこれからもっと強化していこうと思っています。
 当社は障碍者雇用の取り組みをしていて、2020年(令和2年)には千葉県から「笑顔いっぱい!フレンドリーオフィス(千葉県障碍者雇用優良事業所)」の認定、更に2021年(令和3年)に千葉県初の厚生労働省の障害者雇用に関する中小事業主に対する認定制度(もにす認定)を受けました。現在は知的障害者が3名、精神障害者が1名在籍しとても真面目に働いてくれていて大きな戦力になっています。
 また、経営的な視点で従業員の健康管理を捉えた「健康経営」にも力を入れ、2020年(令和2年)には全国健康保険協会千葉支部から「健康経営の推進による健康な職場づくり」を宣言した事業所として認定、2022年(令和4年)には中小規模法人部門の「健康経営優良法人2022」に認定されました。2023年度も、「健康経営優良法人2023」に認定されました。
※盛和塾は1983年(昭和58年)に京都の若い経営者から京セラ株式会社の創業者稲盛和夫氏に「いかに経営をすべきか教えてほしい」と依頼されたことを機に発足した会で、その後全国組織化が展開され、稲森氏が高齢になった事を理由に2019年(令和元年)の12月末に解散になりましたが、その時点で国内外合わせて100の塾、総勢13,800名にも及ぶ塾生が在籍していました。
天伸株式会社
社内に掲示されている社是・経営方針
健康優良法人の認定証

お客様から選ばれる
会社を目指して
 私が代表取締役になって改革を始めて辞めていく古い人はいましたが、若い人はたくさん入社してくれたので今は20代や30代の従業員が多くいます。「もうだめだ。と思った時が仕事の始まり。」という稲盛塾長の言葉があります。盛和塾に入らせてもらったおかげで、今まで何とか乗り越えてきたと思います。
 私が会社を引き継いだ6年前は、愚痴をいい合ったり、私語があったりしていましたが、今は全くありません。皆黙々と働いてくれています。それが業績にも表れているのだと思います。
 夢は次世代に事業承継することで、その為に会社の財務内容を良くしていきたいと考えています。そして若手の従業員の中から後継者として手を挙げてくれる人が出てくれればいいなと思っています。会社は今年で創業60年になりますが、これから70年、80年と100年まできちんと続いていけるようにするために、精神的な支柱を作っていく事に取組む事も重要だと考えております。
 この精神的支柱を作っていくために選んだのが「致知(ちち)」という人間学を学ぶ月刊誌です。以前に盛和塾の先輩方から薦められ、会社を辞めていた時も読んでいました。これをテキストに社内で行う勉強会を「社内木鶏会(しゃないもっけいかい)」といい、今までで70回の「社内木鶏会」を開催しています。この「社内木鶏会」は四人1グループになって「致知」の感想を夫々発表しあっていますが、その感想の良い点を見つける「美点凝視」を行い、お互いの良い所を見て「気づき」を得ることができます。
 また、新たな社員を獲得していくために必要なのが年間休日120日以上という求職者の条件を満たすことでした。段階を踏んで120日までに増やしましたが、そのためには仕事の効率を上げることが必要で、コンサルティング機関にお願いして5S活動を基盤とした人・物・情報の動きを「見える化」する生産性の向上に取り組み始めました。
 先日「徳川家康に学ぶ事業承継」というセミナーで徳川家康が織田信長、豊臣秀吉、武田信玄、上杉謙信と唯一違うのが「仕組み」を作っていることだと聞いて「なるほど」と思いました。そう考えると「社内木鶏会」も「見える化」も仕組みだと思います。やることが当たり前になってくれば、それが天伸の「仕組み」になったということだと思います。
 お客様から「選ばれる会社」になるためには、「この会社な何か違う」「この会社に頼もう」と思われるかどうかが非常に大切です。今年2月には、全社員で「ビジネスマナー研修」を受けました。その効果として朝礼の仕方が変わりました。この研修も毎年1回行って、ブラッシュアップしていけば自然とマナーが出来る様になり「仕組み」として機能していくのだと思います。
 その他には、令和5年2月に柏市文化会館で開催された柏市と労働基準協会主催の大会では、健康経営について、3月には、千葉労働局主催の「障碍者雇用理解促進セミナー」で障碍者雇用について講演させて頂きました。このような活動を通じて、経営理念に掲げている地域社会に貢献する事に少しでも繋がれば幸いです。
天伸株式会社
様々な形で実践されている社内研修会
効率を追求する生産現場
天伸株式会社
企業名 天伸株式会社
事業
概要
各種スプリング(線ばね、板ばね)製造販売
フォーミング金型・プレス金型設計・製作販売
住所 〒277-0042 
千葉県柏市逆井442-1
HP https://www.tensin.co.jp/
従業員 37名
資本金 1,100万円
その他資格 ISO9001:2015
ISO14001 2015
「笑顔いっぱい!フレンドリーオフィス
  (千葉県障碍者雇用優良事業所)」認定
「健康経営の推進による健康な職場づくり」認定
障害者雇用優良中小事業主(通称:もにす)認定
健康経営優良法人2023(中小規模法人部門)認定
千葉県立特別支援学校流山高等学園 
学校運営協議会委員
(2023/5/10)


〈編集後記〉
 
 経営環境が厳しい中「不採算の仕事」を切るという英断をされた小宮山社長ですが、とても勇気が要る事だろうと思います。勝ち残るために内側から力をつける事に尽力し、従業員の皆さんの意欲を醸成されているという、お話を伺い自らを振り返り脱帽しました。これも社長ご自身が「盛和塾」で身に着けた知識と力があったから実現できたのかもしれません。常に従業員の先頭に立ち率先して学ぶ姿は、従業員の皆様の心に大きく響いた事でしょう。これからの小宮山社長のご活躍と天伸株式会社の活躍に注目です。
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